バリスタKAZUのプロフィール

簡単な自己紹介

こんにちは!都内の大学に通いながら出張バリスタという活動をしているKAZUと言います!

コーヒーを誰かのために淹れるのが大好きです!自分で淹れたコーヒーよりも、誰かに淹れてもらったコーヒーの方が断然美味しいですよね?そんなコーヒーを、コーヒー好きの人のために淹れるのが大好きです。

そんな僕の将来の夢は、「飲食店労働者の価値を上げる」ことと、「コーヒーの消費価値を上げる」こと。

その夢を実現させるため、今はNONESSENTIALというブランドをたて、大学に通いながら起業します。

以下では、こんな僕を形成するまでの経歴を書いていこうと思います。

周りよりちょっと意識高い系大学生

福岡の進学校を卒業し、1年間の浪人期間を経て明治大学に入学しました。大学を選んだきっかけは、学費がかからなかったから。

もともとは親や親戚の強い勧めがあって旧帝大を受けていたので明治大学に入ることになろうとは1ミリも思いませんでしたが、今思うとその選択は正解だったかなと思います。

そんな僕は、高校時代の友達よりも学歴が低いことに引け目を感じていました。みんな、旧帝大や早慶に通う一方、僕は明治大学。

「一生懸命大学生活を送らないと、みんなにまた差をつけられてしまう。」

焦りもあって、テストはしっかり点を取り、レポートもしっかり書いていた優等生でした。

就職には人一倍敏感で、1年生ながらなぜか3年生向けの就活セミナーやワークショップに参加しているぐらいには意識高かったです。

でも、就職先を考えていると、こんな疑問が浮かんできました。

あれ、俺って大学入って、どの企業に就職したいんだ?

僕はどの企業に入るべきか、また、どの企業に入りたいのか全くわかりませんでした。

自分のやりたいことがわからず、もやもやしながら学生生活を送っていると、気づけば大学2年生に。

この頃から「なぜ大学に入ろうとしていたのか」「なぜ就職活動をすると決めつけていたのか」が全くわからなくなりました。「俺は今何してんだ。」と。

そんな時、1つの衝撃的な出会いがありました。

ブルーボトルコーヒーとの出会い

忘れもしないあの日・2016年5月4日のことです。前日に高校時代の友人と富士山の麓でドライブした次の日に訪れたのはブルーボトル清澄白河店。

そこで僕が何よりも惹かれたのは、おしゃれな空間でも、美味しいサードウェーブのコーヒーでもなく、バリスタの姿でした。

みんながイキイキしていて、すごく楽しそう。そして、コーヒーを淹れる作法がルーティン化されていてとても洗練されている。何より、かっこいい。

僕はこう思いました。

「俺がなりたいのは、銀行員でも商社マンでもなく、バリスタだ!!バリスタになりたい!!」

バリスタをやりたすぎて路上に勝手にコーヒースタンドを立てる

5月のブルーボトルの衝撃から5ヶ月後。僕はその当時住んでいた府中駅の路上でコーヒースタンドを立てました。

看板は全てアマゾンダンボールの裏側を使ったお手製看板。お湯はポットを買い、家で沸騰させたものをわざわざ持参。お代はお気持ち。営業時間は、お湯が冷めるまで。

もちろん、路上でコーヒースタンドを立てることが禁止されているのは調べていた上でやったので分かっていましたが、「あれこれ言わずにやりたいならやろう!!!」という思いだけでやりました。

この方が一番最初のお客様です。(許可はいただいてます。)

「バリスタをやりたい!」という勢いだけのコーヒーに1000円も出してくださいました。最高の思い出です。

結果、ノマドコーヒースタンドは2回程度で終了。市役所の方から注意を受けたから。

僕のバリスタ人生は終了…したかのように思えましたが…

今の僕を作った、出張バリスタを開始

この時期から「出張バリスタ」というサービスを開始しました。一番最初の依頼はヒキコモリズム井上さんというブロガー兼投資家さん。

勉強会でコーヒーを淹れました。この日を境に、出張バリスタの依頼をたくさんいただくように。

やりたいことを実現する手段って、たくさんあるんだなってこの時学びました。

日本全国で出張バリスタをしたい!クラウドファンディングで47人17万円の支援のもと、日本を回る。

2017年になり、僕はもっといろんな人にコーヒーを淹れたい!!という思いがさらに強くなってきました。ネットで僕の存在を知った人が、僕のコーヒーを飲みたい!といってくれるのですから!!

いろんな知り合いに相談した結果、人生初のクラウドファンディングをすること。

クラウドファンディングするぞ!!と決めてからは心臓バクバクの毎日。目標金額まで支援されなければ、1円も支援金がもらえないAll or Nothingという方式でクラウドファンディングをしたからこそより怖かった。ちなみに目標金額は102000円。達成しなければ、お金は一円もはいりません。

ただの大学生に10万円も集まるのか…?やりたいことをやっているだけの大学生に、お金を渡すか…??

不安に不安を重ね、それでいてできる限りのプロモーションを行った結果。

銀行振込・直接手渡しを含めて47人17万円。あの頃の僕の夢が叶った瞬間でした。見事クラウドファンディング成功です。

日本1周しながら、コーヒーを淹れてきました。

詳しくはこちらのページで、日本全国出張バリスタの様子をチェック!

そんな日本全国出張バリスタを終えた僕は、達成感とともにある種の物足りなさを感じるようになりました。しかしその後、僕が感じた物足りなさを教えてくれる出会いがありました。

ブルーボトルとコラボ。大学を辞めるきっかけ。

日本全国出張バリスタを終えた翌週に休学届けを提出。ここから2年間の休学生活を送ります。

もともとは、大学を辞めたかった。でも、辞めると親がうるさかったり友達がうるさかったり、とりあえず面倒な未来が見えていたので「妥協」の休学でした。最終的にはお世話になっていた方にも休学を勧められ、休学を決意。

休学中は、何をしようかずっと考えていました。僕は何がしたいのかを見つけていたのですが、、これから具体的にどうしようかについては全く目処が立っていませんでした。

貯金はあったのでそれを切り崩しながらの生活。アルバイトをするわけでもなく、ただ物思いにふける3ヶ月間。

そんな矢先、これ以上にない機会を得ました。

フロムエーしよ!!というリクルートメディアの方からご連絡をいただき、僕とブルーボトルのコラボ企画をしたいとの連絡をいただきました。

そして、僕がバリスタになったきっかけの方と共演する機会をいただきました。→その当時のインタビュー記事はこちら

藤岡響バリスタとの共演。ここで、僕は

「やっぱりバリスタになろう。」

と決意。これが僕のやりたいことだと信じて疑いませんでした。

その2ヶ月後、大学を辞める覚悟で福岡に帰りました。(ヒッチハイクで帰りました)

世界2位のバリスタの元へ面接。そして試練。

ヒッチハイクで帰った僕は、勝手に福岡に帰ってきた僕を唯一受け入れてくれたおばあちゃんの家に居候することになりました。

福岡に帰ってすぐ、REC COFFEEの面接へ。REC COFFEEには、2017年のWBCというバリスタの世界大会で2位になったバリスタがいるので、そこで修行しようと即決。というか、それを目的に福岡に帰ったようなものです。

大学へは、もう戻らない。

その思いで面接に臨み、会社の代表と面接しました。

バリスタにかける全ての思いをぶつけました。絶対にここでバリスタとして一人前になりたい。そして、世界チャンピオンになりたい。

ここまで僕を変えてくれた「バリスタ」という職業に感謝しつつ、僕は死ぬまでバリスタとして生きていきたいと本気で思っていました。

結果は、不合格。

視界が暗くなった。

再起を試みる

「どうしようか…」

やろうと思っていたことが実現しなくなったとき、僕は持っていた情熱を失っていました。抜け殻のような人間だったと思います。

とりあえず、ライティングとデザインの仕事で食っていきつつ、なるようになれ!!と日々を過ごしていた。情熱のない日々は、虚無だった。

「大学中退した、甘ちゃん男」として生きるのは、嫌だったけれども、その時の僕はどうしようもなかった。


でも、9月に東京で出張バリスタをした時、僕には失いかけた情熱が東京にあるのではないかとなんとなく思った。だから、大学に戻ることも選択肢に入れつつ東京に再び行くことを決意。

しかし、その時の僕には考える時間が必要でした。何がしたいのか、どうしたいのか、僕は何者か、何故生きているのか、これから何をやろうか。まだまだ自分のことがわからない。

これまで自分と向き合わずに生きてきたツケが回ってきたかのよう。自我に苦しむって、こういうことか。

そして、東京に戻るタイミングで「どうせなら自分と向き合える旅をしよう」と思い、福岡から東京まで自転車旅をしようと決意。

9月末に、12日間をかけて福岡から東京まで自転車で行きました。誰もやったことがないであろうサドルなしで。

福岡から東京までの自転車旅は、僕にとって貴重な12日間になりました。誰も見たことのない景色を見に、1日12時間以上毎日自転車を漕ぎました。

なんのために生きているんだろう。

なんのために頑張るんだろう。

何がしたいのか、なんで知りたいんだろう。

12日間自転車を漕ぎ続け、自分と向き合った末に僕が見つけたことは、ただただ自分の弱さだった。

やりたいことだけを追い、自分のためだけに生きた自分をとても嫌いになった。

再びコーヒーの道へ。

東京に戻ってからは、普通にバイトをしながら生活していた。2度目の休学も決めた。

僕はまだ、1年経っても何がしたいのかわかっていなかった。

相変わらず出張バリスタは月1回程度だけど、続けていた。

そんな時、目をキラキラ輝かせて「かずくん!話があるんだけど時間ない??」とあってくれた2人がいた。うるぞーさんとゆーたろーさんだ。

3人が出会ったこの日から、僕ら3人は「一緒に」やりたいことをやっていこう!と決めて進んだ。話すと長いが、僕のイベント主催を手伝ってくれたり、一緒に「僕らがやりたいことってなんだろう」って考えた。毎週飲み合い、時には泊まり込みで考えた。


そして僕は、心のそこから実現したい世界を見つけた。