人の「役割」というのは確かに存在するし、その「役割」というものが人を育てるというのは結構あることだと思う。

例えば部活なんかでちょっと頼りのなかった後輩が「キャプテン」になってから成長することはあると思うし、仕事でもプロジェクトリーダーになることによって自分が大きく成長できることなんてたくさんあると思う。僕は中学時代の経験があったからそう言える。

だから、「自分はこういう人間だ」と認識してそれになりきるってとても大事。

 

「役割が人を作る」

 

何者でもない奴は何者でもない。なりたい姿がないのに何者かになろうなんて甘い。目的地がないのに歩いている暇人と同じ

というわけで、僕は、実はこの肩書きはあんまり好きじゃないんだけれども、「学生バリスタ」という存在を考え、それを追い求めようと思う。

 

学生とは。

そもそも学生ってなんだろう。ここでの学生とは、大学生のことなんだけれども、学生ってどうあるべきなんだろう。どんな学生がかっこいいんだろう。

「学生」という言葉に甘えて遊んでいいとは全く思わない。合コンとか飲みサーとか恋人と遊ぶとか、正直メッッッッッチャ羨ましいけれど僕的には「今じゃない」感がすごい。今頑張ってスペックを手に入れてから社会人になった方がよっぽどマシだと思う。周りの会社員はヒィーヒィー言っているだろうから、そのときが勝負。

若さに身を任せてお酒を飲み、同級生とつるんで、限界まで遊び、勉学に勤しむことなんてない学生は「何してんだ?」って最近思う。「お前ら親がいなかったら存在成り立たないよね?」って。

親の助けなしでは学生はありえない。こんなことを言っている僕は22歳になって初めて親のありがたみに心の底からわかったのだが、所詮学生は「扶養」でしかない。親のスネかじって遊ぶ人間は、だいぶダメ人間だと思う。

だから、学生は親の期待には応えないといけないはずだ。それは、親の思い通りになることなんて意味では決してない。「親の思い通りに生きること=期待に応える」なんていう方程式を作っている人は、親と自分の関係を作り上げるものに関して考え直す必要がありそうだ。

よくありがちなのが、「口出ししてくる親がうざい」という話。

でも、それって親は全く悪くないんだよね。親に口出しされる学生は自分に問題があることをしっかり理解した方がいいと思う。

「やりたいこと言っても親に反対される。」なんていう人は多い。留学に行きたくても親からの賛成がもらえない。専門技術を学びたくてスクールに通いたくても反対される。とか。僕は、バリスタ活動に反対されていた。

そういう人は、決まって「自分自身に問題があることに気づいていない」のだ。今現状できることに向き合っていないことに気づけていない。熱意や誠意さのかけらもない人間の言葉はとても表面的で嫌いだ。

だから僕は言葉に誠意を見せられるような人間でありたい。ズバリ、親と子の関係に限らず人間の信頼関係というのはその人の「誠意さ」が作り上げるんだ。

 

話が逸れたけれど、僕は「学生」であるからには「勉強」は必須だと考える。勉強しないんだったらフリーターしてろよ。と。「学生」という身分に甘えてうだうだ親に、社会に文句言ってとりあえず卒業する、みたいに考えているようじゃきっと社会に出ても「自分」で勝負することなんてないし、できないだろう。そんな人が、何かしらの特権や権力や人にすがっていきていくんだ。傍目から見て、とてもそんな人は尊敬できない。

学生である以上僕は、勉強に真摯に向き合う学生でありたい。一日16時間起きていて16時間勉強するほど大した人間じゃないけれど、そういうものを目指したい。誠意さにまみれたい。

 

バリスタとは

僕がバリスタを好きになったのは、単純にかっこいいというのもあるけれど、飲食の接客の中では結構異質な存在だと思っているから

自分で作ったものを直接お客様に出す仕事なんて、なかなかない。特にチェーン店が増えた現代においてはなおさらだ。

料理はキッチンの人が作ってホールの人間が出すし、大工さんは作ったものを直接売ることはないし、お店のアイスクリームは作った人が別にいてただ盛ったものだけを出すし、家を作った人は直接家を売らないし、コンビニコーヒーに至っては機械が全部やってくれる

だから、「バリスタ」という職業はそういう点で異質だと思うんだ。自分で作ったものを、自分の言葉で表現して目の前のお客様にサーブする。結構誇らしい職業だ

 

ただ、それ以上に「追求者」でありたいと思う。

規格なんてクソくらえだ。人間はロボットじゃないのに、「同じ」ものにこだわろうとする。特にチェーン店に限ってその傾向がめちゃくちゃ強い

これからの飲食業界で生き残っていくには、「対応力」というものが絶対必須になる。

「規格」というものはロボットに任せよう。豆の量とか、水の分量とか、焙煎の時間とか、抽出温度とかにこだわる人もいる。別にそれはそれでその人の「やり方」だからその人を否定しているわけではないけれど「一番美味しいコーヒーの答え」を追求するのであれば絶対的にロボットに任せた方がいい。彼らは情報を数値化・分析するのに長けているわけだから、人間がやっても決して勝てないし、それは人間がやるべきことではないと思う

 

それよりも、人間に求められるのは「対応力」。いろんな引き出し(=知識)を持っているのは当然。「引き出しの量=知識量」という点で見ればそこはロボットに負けるのだろうが、「感覚」や「相手の感情」から最適解を「引き出し」から引き出すのは人間にしかできないと思う。だから知識は必要なのだ。

 

僕は、人間のバリスタとして「コーヒーを追求すると同時に相手の求めるものを完璧に出すことに追求できる人間」でありたい。

 

じゃあ学生バリスタとは

「プロ」の学生として勉強して、プロのバリスタとしていろんな側面からコーヒーを追求する。

これがこの2年半で追い求めるべきもの。