友達がプロ野球選手になってプライドが傷つく話

ついこの前、10月26日にプロ野球のドラフト会議が行われました。

ドラフトの結果が気になる人はこちらのリンクからどうぞ

 

スマホでドラフトの結果をチェックする。きになるホークスはどんな選手を取ったんだろうか、清宮はどこに行ったんだろうか。なんてスマホをスクロールしながら見ていると、その中に僕の小学時代のチームメイトがいた。しかもかなり上位で。

 

 

感じなかった「差」は大きすぎる「差」へ

ドラフトで指名された友人を「R」とします。

僕と「R」は同じ小学の野球チームに所属していました。Rは僕とは違う小学校に通っていたのですが、Rのお兄ちゃんが所属していたこともあって6歳から所属していたらしい。野球一家の末っ子でした。

一方の僕は小2の終わりころに入部しました。入った当初のRを見たときは、「本当に同級生かよ」ってぐらい生意気な態度と、堂々としたプレーをしていたのを覚えています。先輩には呼び捨てタメ口でしたからwww

Rは小学4年生の頃には上級生に混じってプレーをしていたのですが、かくいう僕も4年生の頃から試合に出ていました。(その当時のチームは3年連続リーグ3位のチーム。)

 

正直、力の差なんてほとんど感じない。その頃は、ただのチームメイトの一人。

 

上級生になってチームの中心になると、僕とRがピッチャーとキャッチャーをローテーションしながらチームを引っ張る。Rが1番バッターで、僕が3番バッター。チームの勝ちパターンは「1番がヒットで出て、2番がバントで送って、3番のタイムリーで点をとる。守りは、Rと田中(僕)で0に抑えろ。」と言われるほど。

こんなチーム状況の中、僕とRの実力差といえば、投げる球の速さも、打球の飛距離も、足の速さも、遠投もほとんど変わらない。Rは「ちょうどいい」ライバルだったのを覚えています。

 

中学校に進学してから、僕は中学の部活、Rは地域のシニアチームに所属していました。

Rの所属しているチームはそれほど強かったわけでも、またR自身が騒がれていたほどでもありませんでした。だから、”今、あいつがどうなっているかなんて全く気にしていなかった”。ただ、「根性とやる気に関しては人一倍あるから、きっと頑張っているんだろう」ぐらいにしか思わなかった。だけど、多分あいつはこの頃から、いや、小学生の頃からもっとトップレベルで野球をすることを意識していたようには感じていた。

 

一方、僕は僕で自分の部活動にかなり夢中でした。「絶対に県大会に出場する」ことを目標に顧問の先生も相当指導に力を入れ、来る日も来る日も練習。夏は朝7時から夜7時まで練習。休憩時間は「宿題をする時間」。休みの日は「先生の独断と偏見」で決まり、極め付けは「試合会場までの移動は全部走れ」ということで僕は試合会場まで走って行ってました。そのあとに登板するのはもちろんです。うわこれバリ懐かしい。

ただ、その当時の僕は、プロ野球選手になるために野球をしているわけではなく本気で「県大会に出場する」ために野球をしていました。顧問の先生の本気度に魅了されただけです。あと、高校に有利に入学できるようにするため。(スポーツ推薦入学)

エースで5番を打ち、僕が投げた試合で負けた試合なんて数えるぐらい。県優勝校をノーヒットに抑えたり、それこそノーヒットノーランも経験あるし福岡市では敵がいなかった気しかしなかった。

 

 

この時まで、Rとの差が大きくあるなんて本気で微塵も思っていなかった。(僕の野球の全盛期は中学校までだったのはまた別の話。)

 

 

高校に入って、Rは九州の名門校に入部したそうだ。とはいえ甲子園に出るわけでも、九州大会に何度も出場するほど結果を出していたわけではない。R自身の名前を聞くこともなかった。

一方の僕は、本来の投げ方を失い、怪我に見舞われ、エースを取られ、最後の夏は一試合も出られずに終わるという残念な結果で終わった。

 

そんな僕は、受験勉強を始める。方やRは野球の名門大学への入部が決まっていた。

 

 

「あいつは本当にどこまでも野球バカだなぁ。野球ばっかりでさ。さて、俺も勉強しなきゃな。」

 

 

なんて思っていた。Rのことなんて、正直どうでもよかったし、嘘は言わない、あいつがプロになれるなんて微塵も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

4年後の今、Rはプロ野球選手になろうとしている。

感じていなかった「差」は、目に見えていなかっただけなのだ。実は日々差がついていた。

 

 

嫌が応にも突きつけられる現実

「今の自分」とは、これまで積み重ねてきた「自分」だ。

 

Rと僕を比べてみた。積み重ねてきたのは、圧倒的にRの方だ。

 

僕は、自分で自分が嫌になる。「気にするな」というのは簡単だけど、その「差」を突きつけられて誰が気にしないでいられようか。

そもそも問題は「気にする、しない」じゃない。Rと僕の差だ。

何がそんな差を生むかなんて、最近になってようやくわかるぐらい僕はバカなのだがそれは「意図」の差だと思っている。

これは数々の「プロ」を目の前にしてわかったことだから間違い無いと思うけれど、「プロ」は全てに意図を持って物事を行なっている。

なんでそのキャッチコピーを使うのか、なんでその物件を購入してさらにリフォームしたのか、なんでそのデザインに出来上がるのか、なんで今日はそれをするのか、なんで階段は左足からしか登らないのか。全てに意図があると先輩方は教えてくれた。

 

才能の差なんかじゃ無い。小さい頃からのあいつをみていて、本気で「あいつはプロ野球選手になれるんだろうなぁ」ってほどの実力も感じなかったし、なんなら近くにRぐらいの実力がある友人もいたぐらいだ。多分、いや絶対的に「才能の差」なんかじゃない。「意図の積み重ねの差」だと思う。

 

野球をしていた人なら分かるであろう。プロになる人となれない人との「差」はものすごく大きい。「地域のナンバーワン」なんかが敵うシロモノじゃない。僕の中では東大に行くより難しいと思う。だって、年に3000人が東大に入れるんだぜ?プロ野球選手になれる高校生なんて、100人もいないんだから。

 

圧倒的差だ。仮に僕が東大に通っていても、「Rに負けないぐらい努力したかどうか」で言われれば、「うん」とはいえない。Rがプロ野球選手になることとは、それぐらいの成長だと思う。

 

 

 

素直に喜べない

僕は人の成功を素直に喜べない。5年間も一緒に野球して過ごして、たまにはバカなことやって、一緒にチームを引っ張ってきたそんな友達がドラフトで上位指名。全く素直に喜べない。親しい友人であればあるほど特にそうだ。いや、もっと言うと、実力がおんなじだと思っていた友達の成功だ。(これ言うとマジで自分がイタい。けどそう思っていたのはほんとだ。)

一緒に並んで走っていた友達が、いつのまにか先頭を走っているあの感覚。

一生懸命勉強しているはずが、自分よりも成績の低い友達に順位が抜かれたあの感覚。

 

背中を向き合う関係の人の成功ならば、素直に喜べるけれど、「僕らは並んでいた。」

「実力がおんなじだと思っていた」と言うのは、自分の傲慢であって、至らないところ。

 

 

これからも、僕は積み重ねるしかない。

ただそれは、決して「Rを振り向かせるため」では無い。

僕は自分のプライドを守るために、また今日も頑張るしか無いのだ。