「クマを食べ物としかみない。そんな人間はケダモノと一緒です。」 山形の山奥に潜む”マタギ”という狩猟人の生き方と、動物保護家とのリアルな衝突を目の当たりにして。

こんばんは!学生バリスタのKAZUです!

ただいま出張バリスタで山形県小国町というところの山奥に来ています。山奥なのに、Wi-Fiがあるなんてすごい便利だな…

 

 

というのは置いといて、ついさっきすごく考えさせられる問題を目の当たりにしたので残しておきます。

 

の前に”マタギ”について少し説明を…

マタギは、東北地方・北海道で古い方法を用いて集団で狩猟を行う者を指す。「狩猟を専業とする」ことがその定義とされるものの、現代においては単にマタギ郷として有名な土地に生まれ、鉄砲を生業とする猟師のことを指すのが一般的である。

引用:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/マタギ

 

山形の山奥に潜む”マタギ”と呼ばれる人々

僕は今、山形県小国町小玉川というところに来ています。本当に山形の道の最南まで来ました。

めちゃくちゃ自然が豊か。

川の流れなんて「ちょろちょろ」のレベルじゃないです。

「ゴ

みたいな、

ほぼ地響きです。

 

”マタギ”の皆さんにとっては大事な食材である山菜・ワラビを採って来ました。

 

ワラビ、見つけて採るのってめちゃくちゃ楽しいんですよね!なんか、本能をくすぐられるような感覚で、ワクワクします

ちなみにマタギの方曰く、僕が採ったのはほとんどダメだったそうですwwwワラビマスターへの道のりは長いですな…

 

 

”マタギ”の生活

マタギの皆さんは狩猟のみならず

  • 民泊経営
  • 農業
  • 山菜採り
  • 畜産

などといった手段で生活しています。ほとんど地産地消。

マタギの方がそれらをやっているのですね。僕が伺った日はちょうど田植えされていました。

食べるものも仕事も自分で生み出している。生きる知恵・生きるスキルがすごいです。

 

 

”マタギ”がクマを狩る理由。

”マタギ”は山に狩猟に行き、ツキノワグマなどを狩ります。

そもそもなんでマタギの皆さんはクマを狩るのでしょうか?ウィキペディアとかではない、”マタギ”の方の話で説明します。

 

1、現金収入のため

マタギの皆さんも生活がかかっています。山でお金を手に入れるとなれば相当困難であることは想像し難くはないと思います。人も少ないし、市場は小さい。ほとんどお金が回っていません。

現金に換金するのが目的の一つです。クマの胆嚢(たんのう)は万病に効く薬ということでかなり高値で取引され、そのほか毛皮や脳なども高額で取引されるそう。

山に住む”マタギ”の皆さんにとってクマ狩りから得られる現金収入はかなり貴重な収入源です。たんのう一つ50〜60万円で取引されるぐらいですから。

 

 

2、動物界と人間界の”棲み分け”のため

これ、めちゃくちゃ大事な考え方です。”マタギ”は無慈悲な方でもただの狩猟好きな方でもありません。きちんとした伝統を守りながら狩りをしているのです。

 

動物界と人間界にはそれぞれ「棲み家」というものが存在します。

山でも同じ。人間の棲み家と動物の棲み家が存在します。”マタギ”の方は、この棲み分けこそがマタギとして狩りをすることの意義であると語ってくれました。

同じ生き物ですが、マタギは「動物の棲み家」は「神聖な場所」と位置付けています。

”マタギ”は、動物の棲み家に侵入するときには森の神社に行って神様にきちんと報告されます。そして、クマ狩りを行う。

 

狩ったクマは、その場で解体。

 

心臓・毛皮・脂肪を山の神様に向かって捧げながら感謝する。

 

そういう文化があるのです。この棲み分けが、マタギのいる環境でクマによる被害がないことの象徴ですね。

僕がマタギの家に伺ったちょうど前日、60代の女性がクマよけの鈴をつけていたのにも関わらずクマに襲われて亡くなったというニュースがありました。

あれもマタギの方から言わせると、「棲み分けができていないから当たり前だろ。鈴よけなんか慣れちまってるよ。クマに『ここに人間がいます』と教えているようなもんだろ。」と。

 

僕は、”マタギ”の生き方にめちゃくちゃ惹かれました。

 

 

「生き物を頂く」ということ。

僕の一つ年上の最年少マタギの方はおっしゃってました。

「自分が普段食べているものが、もともとは生きているものだったんだという意識がないまま食べ物を食べているのは損だと思う。」

 

確かに、何も考えたことなかったです。「都会の小学生は、刺身がそのまま海で泳いでいると思っている」なんていう話を東京に来て聞いたことがあったのですが、それほどにまで「人間」と「動物」の世界はかけ離れているものかと。最低限の知識がある僕でも(刺身の元は魚だという知識)、魚の命をいただいているという意識がなかったです。誰も教えてくれませんから。

 

夕飯に出てきた「クマ汁」です。獣臭いと思ったのですが、普通の肉です。(ちなみに脂がすごくて美味しかったです。若者ウケしそう。)

 

 

このクマ汁も、クマの命があるからこそいただけたもの。この意識を忘れずにものを食すことが、僕はかなり重要だと思います。もう簡単にご飯なんか残せないです。

 

 

「クマを食べ物としかみていない。そんな程度の人間はケダモノと一緒です。」動物愛護家の方からの手紙

”マタギ”の生き方に関して、快く思わない方もいらっしゃいます。タイトルの言葉は、そういった方から頂いた手紙の一節です。

 

でも、どっちが本当に動物に優しいのでしょうか?

動物を人間と同じように扱って、本当に優しいのですか?

生きるために肉を食べることは、悪いことですか?

檻の中で、家の中で動物を飼っていることが本当に優しいことですか?

 

別に動物を飼っている人を非難しているわけではない。でも、生活のために、棲み分けのためにやっている「狩猟」を、あたかも近世ヨーロッパの貴族が遊びでやるような狩猟とごちゃ混ぜにして考えないでほしい。近くにいれば、話を直接聞けば、マタギは本気で生きているのが伝わるんだ。じゃなきゃ伝統なんて守らないし、山の神に感謝なんてしない。自然と共存しているその姿のかけらを近くで感じた僕は、マタギの方々が悪いことをしているとは全く思えなかった。

 

 

 

戦前よりもずっと前から続く山形の伝統を目前にできて僕はとても勉強になりました。マタギの皆さん、本当にありがとうございました。また、山形・小国の自然を感じにいってこようと思う。

 

 

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

学生バリスタKAZU

明治大学特待生で大学生になるも人生に迷い、スタバとブルーボトルのバリスタに憧れただけでバリスタになった現役大学生。2月にクラウドファンディングを行い、3、4月に日本全国を周りながらコーヒーを淹れる。現在は大学を休学し、バリスタ活動を行いながらフリーランスを目指す。 •https://kazuyoshicoffee.com/barista-profile/